★ Didn’t escape ★
<オープニング>

 魔法がかかってしまったということをのぞけば、銀幕市も地球上の、日本という国にある、人間たちのコロニーにすぎない。人間は毎日、生まれては死んでいく。銀幕市にかかった魔法とは、夢を現実に変えるというものだけ。魔法の騒動とは関係なく、死んでいる者もいる。みんな忘れがちだ。誰もが皆、死を忘れて生きている。

 1月のある日、銀幕ベイサイドホテル1455室で、死体が見つかった。
 プレミアフィルムというカタチの死体だった。1455室に泊まっていたムービースターは、『赤い罠』に登場していた悪女ジュリア。ベイサイドホテルの客室の鍵はすべてオートロックだ。ジュリアが誰かを招き入れた形跡もなかった。
 その翌日、1456室でもプレミアフィルムが見つかった。1455室同様、密室だった。
 その翌日も、そのまた翌日も、ベイサイドホテルの客室から、胃液まみれのプレミアフィルムが見つかる……。
 1月のある日、ベイサイドホテルからすべてのムービースターが避難した。何がホテルに潜んでいるのかは明らかだったから。

 今、ホテルにいるのは人間たちだけ。魔法を喰らうものに襲われる心配はないはずだ。しかし、宿泊客や従業員は、静寂が続くたびに耳をそばだてる。
 餓えた怪物のうなり声や、喰われる者の悲鳴が聞こえやしないかと、びくびくしているのだ。怪物に襲われて死ぬ心配はないはずなのに……、怖い。みんなみんな、死を思い出していた。

 ベイサイドホテルでの事件解決に向けて、対策課も動き出していた。同胞の死に突き動かされたか、それとも保身のためか、レディMも独自に動き、情報を手にしてきている。
「ヤツはまだホテルの中にいるわ。でも、エサがいなくなったってことに気づいたら、出てくるでしょうね。大きいホテルだけど、街よりは狭いわ。街じゅうを探し回る事態になる前に、何とかしたほうがいいと思うわよ。あたしたちのためにも」

種別名シナリオ 管理番号57
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメント初めまして。龍司郎という新参者です。
初めてのシナリオは無難に単純なモノにしました。バリバリアクション戦闘系です。何が相手かはもうおわかりのハズ。対策課を通して、ムービースター喰らいを退治してもらいたいと思います。
モンスターはまだホテルの中にいる、ということがハッキリしている状態からのスタートです。どうして密室に入れたのか考えておくのもいいかもしれないです。
条件がひとつ。……ホテルをあんまりハデに壊さないでください。宿泊客も大勢いますしネ。
危険ではありますが、ムービースターも参加可能です。

参加者
シュヴァルツ・ワールシュタット(ccmp9164) ムービースター その他 18歳 学生(もどき)
ベルヴァルド(czse7128) ムービースター 男 59歳 紳士風の悪魔
茅ヶ崎 ありさ(cymn2701) ムービーファン 女 19歳 スタントウーマン
西村(cvny1597) ムービースター 女 25歳 おしまいを告げるひと
<ノベル>

 鴉が鳴いていたような。
 しかも、すぐそばで。
 茅ヶ崎ありさ(チガサキ・アリサ)は顔を上げる。きょろきょろした。ここは銀幕ベイサイドホテルの12階であり、鴉の声など聞こえるハズもないのに。
 ありさはこのホテルで、少し前からベッドメイキングのアルバイトをしている。色々と複雑な事情があってお金がいるんです、とありさは人に話しているが、実のところ事情はとても単純だった。彼氏がほぼ彼女のヒモのようなものなのだ。
 ホテルは数日前に騒がしくなり、今日になってやけに静かになった。ムービースターの客が皆チェックアウトして、ホテルから避難してしまったからだ。ちよっとした経緯があって、地下のボイラー室で眠っていたムービースターも、気の利く誰かが運び出している。
 ハングリーモンスター……ムービースター殺しの怪物はそんな名称で呼ばれているとか。
 しかし、その腹減らしは、要するにムービースターしか殺さない。エサがなくなればホテルを出て行くだろう。自分が襲われる心配はないので、ありさは特に気にも留めず仕事を続けていた。

 カア! ……カア!

「……やっぱり、聞こえる」
 ひとまず、今いる部屋の仕事を終えたありさは、そっと廊下に顔を出してみた。鴉など、やはり、どこにもいない。
 足音を飲みこむ絨毯のせいだろうか……廊下はあまりにも、静かすぎた。


 ベイサイドホテル12階、廊下の片隅にわだかまる暗黒。西村(ニシムラ)が、そこで座りこんでいる。不思議なほどの存在感のなさが、彼女の姿を人の目から隠していた。肩に鴉を乗せた彼女の前には、キジトラのネコがいた。
「そっか……」
 独り言のように呟いては、ネコのノドを撫でてやる。
「……独り、で……寂しーかっ、たね……」
 ネコの身体は、透けていた。触れられるのは西村だけだろう。ここにネコはいない。そのネコは、死んだネコだ……数日前に12階の片隅で餓死していた。死骸は清掃員がゴミとして片づけていた。けれども、その魂は12階の死に場所にとどまっていたのだ。
 ネコの鳴き声に導かれるまま、フラフラと西村はホテルに来ていた。勿論、今、このホテルに、ムービースターを喰らう怪物がいることなど、知るよしもなかった。
「でも……どう、し……て……こんなーと、ころで……。ご主人さー……ま、は?」
 死んでも、ネコは首輪をしていた。誰かに飼われていたのは間違いない。

 カア!

 突然、西村の肩で鴉が飛び上がった。
 その一声が警告であることを、西村は知る。
 ズルリズルリと、ソレは近づいてきていた。



「ん」
「おや」
 市役所でレディMから話を聞いたベルヴァルドとシュヴァルツ・ワールシュタットは、銀幕ベイサイドホテルの前に着くなり、ほとんど同時に空を見上げた。
 いかにも慌てた様子で、鴉が飛び回っているのだ。
「こんな夜に鴉?」
「つまり、普通の鴉ではないと言うことでしょうね」
 黒い羽根を飛ばしながら、鴉はふたりのムービースターのもとに急降下してきた。カァカァと何事か、必死になって訴えかけている。
「ふむ。どうやら相手は新しい獲物を見つけてしまったようです」
「へぇ、鴉の言葉わかるのか」
「いえいえ、状況から判断しただけですよ。この鴉はどうやら我々と同じ存在の使い魔のようです。大方、主が襲われているのでしょう」
「じゃあ、呑気にやってる場合じゃないね。鴉くん、キミのご主人さまはどこにいるの?」
 シュヴァルツが聞くと、鴉は羽ばたいた。まっすぐに、ベイサイドホテルの上階を目指していく。どこまでも余裕のあるベルヴァルドは、目の上に手をかざして鴉の行方を追った。
「12階ですね。窓が開いています」
 言うと、彼はフワッと音もなく空に飛び上がった。
「12階だね」
 シュッ、とシュヴァルツは右手を振り上げる。その手から幾本もの糸が伸びて、ホテルの12階の窓枠に絡みついた。
 二人のムービースターが現場に駆けつけるまで、ものの1分もかからなかった。



 ズルリズルリと、空室のドアの隙間から、パステルブルーのゲルが這い出してきて、次第に怪物としか表現できないものに姿を変えていく。
『ギギギギギググググ……ガ、ガ、ガ……ギギギギギギルルルルル…………』
 それは二足で直立したバクやアリクイのような獣に、見えなくも……ない。口からは、涎なのか身体を構築するゲルなのかわからない粘液を、ダラダラこぼしていた。
「……! …………!」
「やっぱり、やっぱりそういうカタチのモンスターでしたかっ!」
 廊下を覗いたありさは、ほとんど無意識に走りだしていた。自分には危害が及ばないし、仕事が大事だし、と思っていたはずの彼女。けれども、面倒見がよかったり頼まれると断れなかったりするありさは、人がいいのかもしれなかった。ハングリーモンスターに襲われかけている西村を助けようと、廊下に飛び出していたのだ。
 ゲル状の怪物。セキュリティ対策もしっかりしているホテルだけに、部屋に鍵をかけたムービースターたちは、室内が安全だと思っていただろう。しかし、餓えたゲルに入り込めない場所などなかった。
 そして腹を空かせた怪物には、ムービースターの居場所をほとんど正確に探り当てる感覚があるらしい。嗅覚だろうか。存在感のない西村でも、ソレは容易に見つけ出した。
 茅ヶ崎ありさは一介のフリーターではない。身体を張った演技を、役者の代わりに務めるスタントウーマンだ。素晴らしいスピードで、ありさは背後から怪物に体当たりした。ゲル状の身体の半分が飛び散った。しかし、そのパステルブルーのゲルが、ありさの服や顔を汚すことはなかった。ありさは怪物と西村の間に割って入る。
『グググモォ! グガガガガガ! ウガガガガガ……!』
 ちぎれたゲルは、たちまち本体に吸い寄せられて、奇妙な音を立てながら融合していく。怪物本体のほうはというと、涎のようなものを吐きながら、激怒していた。この世の獣ではないアゴの大きさ。ズラリと並んだパステルブルーの牙。これが、もともとはあのかわいらしいバッキーだったとは思えない。趣味なホラー映画のモンスターそのものだ。
「見つけた!」
 そこへ、どこか浮かれたような、無邪気とも言える声が飛んできた。開いた窓からひょいと廊下に飛び降りたのは、シュヴァルツだ。モンスターは、いきなり現れた新しいエサに気をとられたか、ゲル状の身体を雑巾のようにねじって振り向いた。
「淑女を行き止まりに追いつめるとは……映画のセオリーを心得ていらっしゃるようで。食べた方々からの受け売りですかな?」
 いつの間に、そこにいたのか。
 ベルヴァルドは、西村とありさのそばに立っていた。空から壁をすり抜け、12階の廊下に現れたのだ。
 モンスターは、またもや身体をねじり、獰猛な唸り声を上げながら、エサと人間を睨みつけた。つぶらだったはずの瞳は、今では飛び出し、ギョロギョロと左右別々に動いている。
 どれから喰おうか、考えているようだった。
「後ろがガラ空きだぞ!」
「シュヴァルツ、鋼糸では無理です」
「わかっている」
 シュヴァルツの口調が変わった。いや、それはシュヴァルツの本来のものだった。今黒髪の少年の肩に現れた毒蜘蛛こそが、シュヴァルツ・ワールシュタットなのだ。
 蜘蛛はひと目で毒とわかる色の液体を吐いた。ベルヴァルドがさっと前に出て、西村とありさをその飛沫から護る。
 しかし、モンスターの動きは意外なほど俊敏だった。不定形に崩れ、シュヴァルツの毒液をたくみに避ける。ただ、全てを回避することはできなかった。床に広がっていたゲルに毒液がかかり、ばしゅう、と映画でよく見る種の煙が上がる。
『ググガガッ! グモォオオオオオ!』
 ハングリーモンスターは、怒りか苦痛か、両方なのか、耳障りな咆哮を上げた。シュヴァルツの毒を受けた部分は、紫色に変化し始め、床に張りついたように動かなくなっている。
 前衛芸術的なオブジェのようにカタチを変えたモンスターは、グオッ、とその身体を振り回した。まるで太い鞭のようだ。ありさは短い悲鳴を上げた。彼女の頭上を、唸りを上げて鞭が通り過ぎる。
 西村の鴉が慌てて主のそばに飛び戻る。西村は、蒼白の顔で手を伸ばし、鴉をぎゅっと抱きしめた。
 ベルヴァルドが壁に叩きつけられた。実体を持たないはずのベルヴァルドだったが、モンスターのもとがバッキーという魔法生物だったからか。映画の中のものなら、 どんなカタチであれ、掴んで食べてしまえる特性を、まだ持っていたのだろう。
 モンスターはベルヴァルドを押さえつけながら、両腕を、アゴを、頭を、ジュルジュルと音を立ててかたちづくっていく。足をつくる分は、シュヴァルツの毒で固まってしまったらしい。
ありさがあっと声を上げ、西村がベルヴァルドを助けようと手を伸ばした。だが、ハングリーモンスターに圧し掛かられているハズのベルヴァルドは、口元に普段どおりの薄い笑みを浮かべている。
「なるほど。食事の際はあくまで口で、というわけですか」
 ザアッ、とホテルの中に風が吹いた……。
 ベルヴァルドがロケーションエリアを展開したのだ。ここはもう、銀幕ベイサイドホテルの12階ではなくなっていた。空に赤い月が浮かんでいる。周囲は荒野と岩山だ。
 ギラッ、とベルヴァルドの瞳が光る。次の瞬間、彼を押さえつけていたモンスターの前脚が爆ぜた。
『ギグガッ……!』
「えぇいっ!」
 ありさが突進し、ハングリーモンスターの胴体に飛び込んだ。ベルヴァルドのロケーションエリアのおかげで、彼女の動体視力も上がっていた。ぐにゃりと歪むモンスターの不規則な動きが、今の彼女には手に取るように読めた。バチュン、とゲル状の身体は容易く弾け、ベルヴァルドがスーツの汚れを払い落としながら立ち上がる。
「庇っていた女性から逆に助けられるとは……いやはや」
「よけろ!」
 シュヴァルツの声が飛ぶ。ベルヴァルドが、ありさが、地面に広がるパステルブルーから距離をとった。シュヴァルツの毒液が、カタチを成そうと収束するゲルに降り注ぐ。
 ゲルは奇妙な叫び声を上げた。何とも表しようのない声だ。そもそもそれが声だったのかどうかもわからない。まんべんなくシュヴァルツの毒を浴び、しばらくのたうっていたゲルは、おどろおどろしい紫色になったまま凝固した。
 もう、どんな姿を取ることもなかった。



「フフ。もとは、夢の神が遣わしたという生物でしたね。その魂、どのような味か、実に興味がありますよ」
 赤い月の夜が消えて、ベイサイドホテル12階の光景が戻ってきた。ベルヴァルドは含み笑いをしながら、まだピクピクと痙攣しているモンスターに歩み寄る。
「ああっ、ちょっと待ってよ。オレだって食べてみたかったんだから」
 再び少年の身体に戻ったシュヴァルツが、ふくれっ面でベルヴァルドを制止した。彼の足元の影が、獲物を求めてざわついている。
「なに、私は魂を喰らうだけ。肉体は差し上げますよ、シュヴァルツ」
「よく食べようなんて思いますね、そんなの」
 ありさがげっそりと疲れた顔で突っ込んでも、悪食ムービースター両名はにやりと笑っただけだった。
「しかし、皮肉なものです。ムービースターを喰らう者が、逆に喰われてしまうとは……」
「まっ……て。やめ、て」
 戦いの間、ずっと小さくなっていた西村が、静かに口を開いた。その台詞は意外なもので、ベルヴァルドとシュヴァルツは怪訝な顔をする。
「食べー、ない……で……あげて。たまし、いは……」
「何故です?」
「………………」
 理由を尋ねたベルヴァルドを、西村はしばらく無言で見つめた。西村が連れていた鴉は、今はありさの頭の上にとまって、ベルヴァルドと西村の顔を交互に見つめている。ありさ同様、固唾を呑んでやり取りを見守っているのだった。
「……そ、らに……神さー、まの……ところ、に……帰ーして……あげ、たい……」
 西村は目を伏せて、毒々しい色に変わり果てた魔法の生物を見つめた。クク、とベルヴァルドはノドで笑う。優雅に手をひるがえすと、彼が今まさに喰おうとしていたモンスターの魂が、西村の目の前に浮かんだ。
「女性はかくも強いもの。まったく、かないませんよ、貴女がたには」
 スーツの襟を正して、ベルヴァルドはモンスターの死骸に背を向けた。彼は振り向かずに廊下の突き当たりまで進み、そのまますうっと壁をすり抜けて、消えてしまった。
「じゃ、オレは抜け殻を片づけるよ」
 シュヴァルツが唇を舐め、西村は頷いた。床から、ばりっ、と音がした。バリバリゴリゴリと、モンスターの固まった身体が、シュヴァルツの影の中に消えていく。
「変な味だなあ。ま、とりあえず、ごちそうさま。対策課に済んだって言っとくよ」
 未知のモノを食べて、シュヴァルツは満足顔だ。
「ちょっと壁が汚れちゃったけど、どこも壊れてないから大丈夫だよね」
「はい、たぶん。わたしが掃除することになりそうですけど」
「そう、悪いね。それじゃ」
 シュヴァルツが、ありさに「悪い」と本当に思っていたかどうかはあやしい。機嫌のよさげなシュヴァルツが去り、あとには、西村とありさが残された。
「おなか……すい、てたんだ、ね……」
 西村は、抱えたモンスターの魂に語りかける。こくり、とありさが生唾を飲んだ。
「そう言えば、先々週くらいに、ホテルで亡くなったおじいさんがいました。ネコを連れてて。……たぶん、バッキーも飼ってたんですね。心臓発作で倒れて、ちょっと騒ぎになったんです。ネコ、探したんですけど見つからなくて……やっと一昨日……」
「……あ……ネコ……そう、だっ……た……」
 西村は、廊下の片隅を覗きこんだ。キジトラのネコの魂は、そこで震えている。ありさもつられて覗きこんだが、彼女には何も見えなかった。
「同じ……ご主人さー、ま……だったんだね……。一緒、に……逝けば、寂しー、く……ないよ……」
「あ」
 ありさにも、ようやく見えた。
 西村の手から、キラキラと輝きながら昇っていく光。
 恐ろしい怪物になってしまったものの魂は、パステルブルーのバッキーに戻っていた……ように見えた。ネコとじゃれあいながら、ソレは神のもとに戻っていく。
「……」
 ありさの目に、じわりと涙が滲んだ。
 喰われて消えたムービースターも、一緒になって昇っていっているのだと、そう思わずにはいられない光景だったから。

クリエイターコメント銀幕★輪舞曲ライターとして、はじめてノベルを作成させていただきました。ご発注本当にありがとうございました。
血が出る予定でしたが、血が出る余地がなかったです。また、プレイングの都合で、シンプルな戦闘モノになるハズが、ちょっとしんみりしたエピローグをつけることになりました。
こんな感じのものでよろしければ、また龍司郎のシナリオに参加してやってください。
それではー。
公開日時2007-01-27(土) 00:00
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